No.131

日本語の長距離格付与と方言差

浦 啓之(関西学院大学)

「長距離の例外的格付与(LD-ECM)」とは、構造的に介在する名詞句や定形節の境界を通り越して主節動詞が埋め込み文内の名詞句に対して格付与を行っている構文であるが、本論はまず、A方言と名づけた関西方言のうちのある地方語でこの構文が観察されるということを様々な観察的事実より示した。これを受けて2つの問題が浮上する。(I)何故、LD-ECMはA方言でのみ可能であり、標準日本語や他の関西方言では不可能であるのか? (II) A方言のLD-ECM文では、どのようなメカニズムによってPhase Impenetrability Condition (PIC)やDefective Intervention Condition (DIC)が回避され得る状況が起こっているのか?これらを説明するために次の2つの要請がなされた:「A方言の補文標識の特異性によって、それに導かれた定形節がstrong phaseにならないこと」・「DICの定義にCollins and Ura (2001)で提案されているAccessibilityの概念を導入すること」そして、これらの要請に従えば、上記の2点の相互に関係した問題点が現行のPhase/Agree-理論の枠組みで同時に解決可能であることが示された。

チノ語の疑問文末に現れる3つの助詞について

林 範彦 (日本学術振興会特別研究員)

本稿は中国雲南省で話されるチノ語悠楽方言(チベット・ビルマ語派ロロ・ビルマ語支) の疑問文末に生起する3 つの助詞-la42, -ȵa42, -a44 の振る舞いについて論じた。多くのアジア諸語では真偽疑問文/ 疑問語疑問文の区別が疑問文末の助詞の振る舞いに関与する。しかし、チノ語では上記の区別に加えて、名詞述語文/ 動詞述語文といった形式的条件と焦点位置などの意味的条件が助詞の振る舞いに関与する。具体的には以下のとおりである。形式的条件としては-la42 は真偽疑問文末に、-ȵa42 は動詞述語文である真偽疑問文末と疑問語疑問文末に、-a44 は名詞述語文の疑問語疑問文末に生起しうる。また意味的条件としては主に-la42 は文全体が焦点であるときに生起するのに対し、-ȵa42 は文の一部が焦点であるときに生起する。