2013年度の論文賞(1件)

・林下淳一氏

「On the Nature of Inverse Scope Readings」『言語研究』143号(2013年3月)

 Someone loves everyoneに代表される英語例文において、someがeveryよりも広いスコープを取る解釈はごく自然に得られるが、逆に、everyがsomeよりも広いスコープを取る解釈(著者のいうinverse scope reading「逆スコープ読み」)は様々な揺れを示すことが知られている。従来の統辞論研究では、これら両種のスコープに付随する解釈を同等のものとして扱い、それに基づいて様々な統辞論的仮説を検討することが常であった。著者はこのような従来のアプローチに異を唱え、表層の形式を直接反映するスコープ解釈は純粋な統辞論的現象だが、逆スコープの解釈は狭い意味での統辞法(文レベルの計算システム)のみで生じるのではなく、談話レベルの要因が関与する複合的現象であると主張した。この主張を支持するために観察された日本語の現象も興味深く、随所で英語の例文についても同じ説明が可能であることが示されており、その意味で普遍性の高い主張になっている。この論文で用いた道具立ては、目的語位置に生起する数量詞の逆スコープの読みの分析にその適用範囲が現時点では限定されており、あらゆる位置に生起する数量詞に適用される道具立てとして機能するには至っていないものの、これまでの統辞論的仮説の再考を迫るもので、経験的にも理論的にも重要な主張がなされているといえる。著者はさらにdiscourse-level syntax(談話レベルの統辞論)という新しいモデルを提案している。このモデルは様々の理論的問題を含むが、文法理論に関わる思い切った提案として、今後の深化が期待される。
 以上、本論文は理論的に極めて重要な指摘を興味深い経験的データに基づいて行なった優れた論文であり、日本言語学会論文賞に相応しいと判断される。