2020年度の論文賞(2件)

大滝 宏一氏(共著者:杉崎鉱司氏、遊佐典昭氏、小泉政利氏)

Koichi OTAKI, Koji SUGISAKI, Noriaki YUSA, and Masatoshi KOIZUMI, “Two Routes to the Mayan VOS: From the View of Kaqchikel”,『言語研究』156号, pp.25-45(2019年9月)[本文PDF]

 本論文は、Kaqchikel語のVOS語順がどのように派生されているかについての2つの説を検討し、1つの説である右側指定部の分析が他の分析よりも優れていることを論じたものである。比較的研究の少なかった言語について、2つの仮説を統語的議論に基づいて検討しながら、語順の問題を理論的に追求した点は、高く評価できる。特に、Kaqchikel語のVOS語順のpredicate-fronting分析に反対する議論は説得力もあり、優れている。この議論が他のVOS言語の分析との関連でどのような理論的含意を持つのかについての議論がもう少しあってもよいなど、若干不十分な点は認められるものの、議論が明晰である点などを含め、日本言語学会論文賞授賞論文にふさわしい内容を備えていると判断できる。

長屋 尚典氏

Naonori NAGAYA, “The Thetic/Categorical Distinction in Tagalog Revisited: A Contrastive Perspective”,『言語研究』156号, pp.47-66(2019年9月)[本文PDF]

 本論文は、タガログ語を日本語と対照して、日本語の「は」と タガログ語のangがKuroda(1972)の提起したthetic/categoricalの区別を表しているか否かを検討したものである。これまでの説の妥当性に疑問を呈し、新たな根拠に基づいて、個々の言語現象ごとに丁寧に論駁を行っている。特に、thetic/categorialの区別ではnominative NPsの分布は説明できないとする議論は説得的である。タガログ語と日本語で感嘆文、存在文などが完全に等価であると見なしてよいかなど、若干の疑問点はあるものの、対照研究の論文としての議論の展開が明快である点を含め、日本言語学会論文賞授賞論文にふさわしい内容を備えていると判断できる。