Suzushi Hayata (Research Fellow of the Japan Society of the Promotion of Science / Kyoto University)
早田清冷氏(日本学術振興会特別研究員/京都大学)
「古典満洲語の「同格の属格」について」『言語研究』147号(2015年3月)
本論文は古典満洲語におけるいわゆる「同格の属格」とされる構文について新しい分析を提示したものである。古典満洲語では「NP1+i+NP2」という二つの名詞句を属格iでつなぐ構造に「min-i sakda niyalma「老人の私(lit. 私の老人)」のような「NP1であり、かつNP2である対象」を表す用法がある。この用法は従来「同格の属格」と呼ばれてきた。この用法は同格とされるが、実際には日本語の「老人の私」が、NP1がNP2の連体修飾要素となっているのに対し、古典満洲語では「私の老人」というという語順になっている。これに対応する「同格の属格」は他のツングース語にはない。
早田氏は、この構造の本質を見るためにまず、満文三国志のテキストテータベースを用いてコピュラbiの分布を網羅的に分析し、古典満州語に音形のないコピュラが存在することを示した。また、この言語では、連体修飾節の主語は属格で表すこともできることが知られている。このことから、早田氏は、いわゆる「同格の属格」の構造は「属格主語+名詞句+ゼロコピュラ」という連体修飾節構造をなし、かつそれらが主部内在型関係節を表すと結論する。
本論文は古典満洲語で謎とされてきた構造に対して、データの網羅的な観察と、非常に説得力のある議論で明快な解答を与え、古典満洲語の理解を大きく進めている。言語学のみならず歴史学などのテキストの精密な解釈を必要とする分野に対しての貢献も認められる。以上をもって、論文賞に値すると結論した。